モラ夫と離婚したアラフォーOLの人生立て直し計画

モラハラ夫と離婚したアラフォーOLが人生の立て直しを試みる日々の記録。モラ夫と別れてからもモラ夫への恨みつらみが晴れないアラフォーOLのお焚き上げ兼回顧録。

月曜断食 停滞中

久しぶりの更新になってしまいました。

理由はただ一つ。

全然断食できてません。

 

引っ越しを機に一度中断してから

まったくペースが作れなくなってしまいました。

 

断食できない理由はたくさん思い浮かびます。

不食日に設定している日曜日に予定が入ってしまう

・頂き物の食材が多く不食日があると消費しきれない

・やたら立ち眩みする

 

この辺が大きな要因でしょうか。

気持ち的な部分もかなり大きいと感じています。

マイナス10kgを超えたというのは、

私にとってすごい達成感がありました。

そして残り5kg。これは頑張れば1か月で達成できる可能性があります。

目標は12月末までです。

正直、本気を出せばすぐ達成できるはず…という甘え。気のゆるみ。

 

プラス、一旦断食生活から離れてしまうと

不食のしんどさがめちゃくちゃ重く感じるのです。

今までは不食のしんどさより不食後のマイナス1kgの楽しみのほうが

勝っていました。

 

しかし53kgを切るようになって

今まで入らなかった服が入るようになったり

腰痛が軽くなったりと

切羽詰まったデブではなくなったことにより

「痩せなければ!」という切実な気持ちは感じなくなってしまいました。

喉元過ぎれば熱さを忘れるというやつです。

 

快適ではない。

しかし不便でもない。

 

という気持ちが積極的なダイエットから遠ざかる最大の要因なのかなと感じています。

 

1日不食ができないならヨルダンに切り替えるべきかとも思うのですが

それもできていないのが現状です。

 

ストレスがかかる状況は好みません。

やらなければ…でもできない…という状況では

無駄に過食気味になってしまいます。

 

というわけで、しばらく維持メニューに切り替えようと思います。

というか、すでに1か月近く維持メニューで過ごしています。

 

立ち眩みも心配なので、健康優先で。

 

 

 

 

月曜断食再開38日目 不食日16回目明け11.3kg減

ここの所隔週でしか不食ができていません。

その上、けっっこう食べちゃってます…。

 

体重   53.3kg

体脂肪率 31.6%

BMI   21.8

 

前日比 1.0kg減

TOTAL   11.3kg減

 

不食で、何とか許容範囲内にとどまっているという感じ。

平日は緩やかな右肩上がり。

美食日でドン!っとアップ。

 

こぶし2個分が守れていないこと

ファストフード、インスタント食品、スーパーのお惣菜、など

手軽だけど油分の多いものを摂取していること。

 

理由は分かっています。

が、止められない。

 

ちょっと仕事でストレスがかかっているので

手軽でパンチの効いたものを手に取ってしまっています。

 

しかしこんな生活を送っていると、ひどくなるのは生理痛。

効果てきめんでした。

 

食以外で上手くストレス発散する方法を見つけることと

ストレス元をストレスを感じないように

考え方を変えていくこと

 

この辺が課題かな。

引き続き。

モラ夫からの手紙

2年程別居生活を送ったころ届いた一通の手紙。

予想はついていましたが離婚届でした。

 

モラ夫からのメッセージは

仕事を辞めたので今後家賃等生活費の負担はできない

離婚届に判を押して提出しろ

 

ということが書いてありました。

 

別居して1年たったころにも一度、

離婚届を送ってきたことがありました。

その時は表現が「ご検討ください」にとどめてありました。

 

検討はできなかったので、その時は黙殺しました。

が、2度目の手紙が届いたときは、

離婚を受け入れる気持ちが整ってきていました。

モラ夫に対する怒り自体はまだまだマグマのように渦巻いていましたが

周囲に別居を隠したままの生活に、とにかく疲れていました。

また、仕事を変わろうと思ったことも大きかったです。

離婚をして、一から新しい生活をスタートさせよう。

そう思いました。

幸いにも転職市場が2年前と様子が違います。

2年前も、前回の転職に比べて随分よくなったと感じていましたが

また一段と良くなったように感じました。

一人暮らしできるだけの収入を得ることができる気配があること。

これはかなり背中を押されました。

 

決断の時が来た。そう感じました。

 

 

雨と傘とモラ夫の話

6月。梅雨ですね。

雨が降ってもモラ夫を思い出します。

 

モラ夫は自分では傘を買わない主義でした。

基本的に車移動なのでそう困ることもなかったんだと思います。

雨に濡れた状態をあまり不愉快にも感じないタイプでもありました。

 

対して私は雨に濡れるのが得意ではありません。

通勤にバスを使っていたのでバス停までの道のりで濡れてしまうと

バスの中での不快指数が桁違いだったので、

雨の気配がある日は傘は必須でした。

 

家に1本、会社に1本は最低キープしていて

うっかり忘れた日にはコンビニで購入して。

自然とビニール傘が家に数本ある状態が常でした。

 

この状態だとモラ夫、当然のように私が買った傘を使います。

そこに傘があるから。

 

それはまぁ、使うのはいいんです。

それを、持って帰らないんです。

 

家に傘が1本もない状態は困るので

モラ夫に傘を持って帰るように言うと

「分かった」とは言いますが持って帰りません。

 

何度か督促すると

「車にある(から取ってこい)」とか

「外出先に忘れた(からない)」とか

 

とにかく持って帰りません。

 

ビニール傘、1本500円程度とはいえ

ちりも積もれば山となります。

 

費用もかかるし、正直傘がないと困る

使ったものは返してほしいと伝えると

 

「お前はケチだ」

「雨だからと言っていちいち傘を買うお前が悪い」

 

 

ケチ…お前が言うか?!

傘を買う私が悪い…?謎理論…。

という…。

 

何本も傘を買うのは無駄遣い。

貧乏なんだからそういうところから節約しろ。

 

いいたいことは分かります。

それは、正論です。

 

ですが、人が買ったものを使っているから

モラ夫は傘を買わなくても濡れずに済んでいるわけで。

それは、モラ夫のほうがケチなのではないですか??

 

モラ夫の車の掃除をして5本ほどの傘が発掘されたときは

本当に腹立たしかった。

「傘たくさんでてきたよ~」

 

…でてきたよ、じゃない!

いっぺんにストックが増えても邪魔なだけ!

 

モラ夫は「ぱなし」の人です。

 

出しっぱなし

使いっぱなし

つけっぱなし

 

私も几帳面な人間ではないので一緒に暮らす前は

重要視しなかった要素ですが

「ぱなし」の人と暮らすのは本当につらいです。

 

 

モラ夫は何度言っても聞きませんでした。

私も、それを許容することはできませんでした。

 

小さな子供なら、教育でどうにかなるのかもしれませんが

30歳を超えた大人が「ぱなし」の人であれば

 

生活を共にするのは考え直したほうが良いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

月曜断食再開24日目 不食日15回目明け11.9kg減

外食の約束が続いたので、断食は1週お休みしました。

2週間振りの断食は結構きつくて、お水をがぶがぶ飲みました。

 

体重   52.7kg

体脂肪率 31.8%

BMI   21.5

 

前日比 0.9kg減

TOTAL   11.9kg減

 

底値更新!です。

 

先週は完全に中だるみでした。

ふら~っとなか卯に入ってみたり

ずっと気になっていた食パン専門店の食パン買ってみたり。

今の家の近くにはおいしいパン屋が2軒もあるので

朝ごはんをパンにしてみたり。

 

なので緩やかな右肩上がりの2週間を過ごしていたので

余計きつかったのかなぁと思いました。

 

6月末までに50kg切りたかったですが、

このペースだと厳しいですね。

気を引き締めるモチベーション維持が課題かな。

 

引き続き。

 

別居中の思い出

モラ夫との別居は、結局2年間で終了しました。

帰ってきたのは最初の3ヶ月だけ。

帰ってこなくなるというのは、出ていく前から分かっていたことです。

なので「帰ってきて」とは言いませんでした。

 

生活自体は出て行ってくれた事により劇的に楽になりました。

新しい仕事は、安月給のくせに激務で、残業に追われる毎日。

正直、この時は忙しいことがありがたかったです。

 

忙しい間は何も考えずに済みましたし

休みの日もたまった家事をしたり、仕事の疲れを癒したり。

 

私は、自分にはちょっと難しい、とか、

ややキャパシティを超えているかな…?!という仕事が好きで

別居中についた職場はかなり自分には合っていたと思います。

 

モラ夫によって削られた自尊心が、仕事で認められていく度に

どんどん回復していくのが分かりました。

 

当時働いていた会社は、地場大手の企業。

そこの契約社員の募集が大量にあったのでもぐりこんだ形です。

 

正社員の人たちはあまり挫折を知らない

いわゆる地元の勝ち組で、この人たちがまぁ、

ヒネたところのない、育ちのよい人たちが多くて。

業務に関するやり取りは気を抜くと痛い目にあうこともありましたが

一旦仕事を離れると会話も面白くて話が合う人ばかりで。

職位による上下関係はもちろんありましたが

人としての上下関係(?)を強要されることもなく。

モラ夫からは日々マウンティングされ、

主従関係を強要されるような日々だったことを思うと

天国のようでした。

 

飲み会も頻繁にありましたが、とにかく楽しい。

しかもモラ夫の都合を気にしなくてよい。

 

そんな日々を過ごすうちに結婚前の自分に戻れたような気がしました。

 

 

ただ、つらかったこともあって。

私はわりとため込むタイプ。

結婚生活がうまくいっていないということは

当然会社の人には話していませんでした。

会社の人だけでなく、実家の両親にも言えませんでした。

 

なので会社の人たちと、家庭の話をするときなんかは

古いエピソードをさも最近の話のように伝えたりとか

ごまかしながら付き合うのは思った以上にしんどかった。

 

それ以上にしんどいのが両親です。

元々モラ夫は私の実家とはあまりかかわろうとしていませんでした。

「仕事が忙しい」という体でモラ夫が「たまたま」休日出勤している、

とか「出張に行っている」などとごまかしていました。

ただそれもつらくて、別居中はあまり実家に帰ることができませんでした。

 

それでも実家に帰る必要のある日があります。

そう、お正月。

 

2年別居したということは、当然2度のお正月を乗り越えています。

 

ここでは

「年末年始の休みが短いのでそれぞれお互いの実家に帰ることにした」

という理由を2年連続で採用。

 

モラ夫と一緒に帰省すると、モラ夫の実家には1泊2日、

私の実家には2時間の滞在という風にモラ夫に割り振られていました。

が、一人で帰ると好きなだけ実家でくつろぐことができました。

なので両親もイライラした人が2時間滞在するよりも

リラックスした娘が長時間実家に滞在することを喜び、

モラ夫が帰省しないことを深く突っ込むことはありませんでした。

 

ここだけですね、モラが役にたったのは。

 

2年、別居生活を送り、精神的には回復してきましたが

経済力は全く改善しませんでした。

貯金が増えないんです。

安月給なのにストレスで使ってしまうんですね。

 

もちろん別居状態のストレスが一番大きいんですが

 

仕事の方もパワハラ寄りの上司とのやり取りがきつくなってきたり

辞めた人の仕事が丸々振られて、

業務量が増えすぎて捌けなくなったと訴えても何の対策もしてもらえなかったり。

 

月40時間残業して、残業手当が3万円程だったんです。

これはちょっと割に合わない。

残業ありきで考えるなら基本給をもっと上げたい。

今の会社では正社員に昇格するシステムが機能していないし

幸いにもマトモな求人が増えてきている。

 

これは転職のタイミングだ。

となれば次の職場に移るまでに、 モラ夫との縁を断ち切ったほうがよい。

 

そう考えだしたころ、モラ夫から一通の手紙が届きました。 

 

 

モラ夫と裾上げの話

前の家で使っていたカーテンも一緒に引越してきました。
が、ちょっと長い。
しばらく長いまま使っていたのですが、
床に引きずられた部分が薄汚れてきたので
カーテンの裾上げをしました。
普段裁縫とは縁のない人生。
当然、ミシン持ってません。
小学生の頃、学校の家庭科の授業で購入した裁縫道具を使ってチマチマ並縫いしました。

裾上げしながら思い出したのがモラ夫のこと。

ある日のモラ夫
ジーンズの裾上げしてくれない?」

「ミシン持ってない。お店に出したら?」

モラ夫
「女なのにミシン持ってないのはおかしい。買えよ。」

「じゃあ買って。そしたら裾上げするよ。」

モラ夫
「お前が使うものをなんでオレが買わないといけないんだ!」

もういい!他の人に頼む!
って言ってたので、今思うと浮気相手に頼んだんでしょうかね。

頻繁に使わない道具、しかもけして安くはない。
それならお金払って、都度プロに頼んだ方が合理的だと思うんですよね。
ボタン付けや簡単な繕いものだったら、針と糸でなんとかできますけど、ジーンズの裾上げはミシン必須ですよ。糸の色も、手持ちのものでは合わないですし。

ジーンズ、買った時に裾上げ頼んだら無料でしてもらえただろうに。何故そのまま持ち帰ったのか。

家事労働を無償で女がするもの、と考えているのもどうかと思いますし、わざわざ私の負担を増やした挙げ句お金まで遣わせようとしたのが…。

苦い思い出です。

月曜断食再開8日目 不食日14回目明け11.7kg減

土日不食ができそうになかったので

イレギュラーですが金曜日を不食日にしました。

たまたま有給取ってたので。

 

体重   52.9kg

体脂肪率 31.8%

 

TOTAL 11.7kg減

前日からは0.6kg減という小幅な減量にとどまりました。

 

理由は…あります!

 

不食といいつつ、朝、モンブランを食べたんですね…。

 

新居の近くにおいしいケーキ屋さんがあるんです。

で、先週、とある記念日があったので

休み前においしいケーキ食べちゃおう!と、木曜日に購入。

それが、、、寝落ちしてしまって食べられなかったんです…。

 

モンブラン、日持ちしません。

朝食べるしか道はなく。

 

なので正しくは不食でなくヒルヨルダン。

 

小幅な減量でしたが53kgを切りました!

これは喜ぶところです。嬉しいです。

 

ただ、ちょっと月曜断食に飽きてきたというか

慣れがでてきたというか。

 

良食日もちょっと緩くなってきていることは否めないです。

 

ここできちんと気を引き締めるのが重要なんだろうな。

わかってはいますが、なかなかギアが変わらず。

 

踏ん張りどころですね。

 

月曜断食再開3日目 不食日13回目明け11.5kg減

月曜断食、無事再開することができました…。

以前体調不良で中断したとき、

再開1回目の不食日がきつかった思い出がよぎり

正直心が折れるんじゃないかと思っていましたが

何とか不食を行うことができてほっとしています。

 

体重    53.1kg

体脂肪率  32.2%

BMI    21.7

 

前日比0.7kg減、TOTAL11.5kgです。

出来れば1kg減らしたかったですが、悪くない結果です。

50kgまであと3.1kg。もうひと頑張りです。

 

今回、不食日が生理2日目にあたりまして

直近1ヶ月はそこそこ炭水化物を摂取していた為か

全盛期(?)ほどではないですが生理痛が結構きつかったです。

 

辛すぎるので鎮痛剤を飲みたかったのですが

空腹OF空腹。胃が痛くなる。。。

でも耐えきれず、牛乳を少しだけ飲みました。

不食日なので牛乳はNGですが、液体だからギリギリセーフ?!

と、自分ルールを適用。

無事、胃が荒れることもなく生理痛も治まりました。

来月は痛みが軽いといいな。

 

 

月曜断食再開します

引っ越しの段ボール、全部開け終わりました!

家具家電の配置は使いにくいままですが

調理道具や食器はきちんとしまえたので、

自炊を再開しています。

 

生活も少しずつ落ち着いてきて

新居にも慣れてきました。

 

なので、月曜断食、再始動です。

 

断食をお休みしている間も、マイナス10kg近辺をウロウロしていました。

夜、おやつを食べても9.5kg減を下回ることはなかったのですが

ここ数日、制服のスカートのウエストがちょっときつくなってきました。

このままいくと体重が跳ね上がる予感がします。

 

元々5月末までお休みすると決めていたので、

6月の第1日曜日、6/2に再開第1回目の不食を行おうと思います。

 

5/30時点で

 

体重    54.1kg

体脂肪率  32.7%

BMI     22.1

TOTAL10.5kg減

 

です。

 

6月最後の断食を終えて50kgを切ることを目標に

頑張りたいと思います。

 

 

モラ夫の再就職~そして別居へ~

さんざんニート生活を堪能したモラ夫もついに職を得ました。

 

が、

「田舎にはもう俺のやりたい仕事はない」

「都会へ行く」

との宣言が。

 

元々、モラ夫は全国出張のある仕事についていました。

転職もかなりの回数していて、「やりたいこと」より

「やりたくないこと」にこだわりが強くありました。

 

モラ夫の求める条件に適合する会社は

地元では少なかったのです。

なのでこの宣言には驚きませんでした。

 

単身赴任手当がでるので、2軒分の家賃と光熱費は

モラ夫が負担する。

月に何度か帰ってくる。

 

等々、決定事項を次々と通知していくモラ夫。

私も再就職したばかりなので、環境を変えることは難しいです。

ですが、形の上では夫婦なので、せめて相談はしてほしかった…

とは思いましたが、もともと人に相談するような思考回路は持ち合わせていない。

それがモラ夫です。

 

時々帰ってくるとはいうものの、すぐに帰ってこなくなることは目に見えていました。

 

別居というのは離婚への布石です。

わかっていましたが引き留める気持ちにもならず

モラ夫は意気揚々と新天地へ。

 

私もこの段階ではほぼ離婚を受け入れる気持ちになっていました。

どれくらいの期間、別居生活を送ることになるかはわかりませんが

生活費の大半をモラ夫が負担しての一人暮らしです。

この間に気力を回復し、自立への道を探ろうと考え、別居生活に突入しました。

帰ってきたモラ夫の話

2ヶ月経って、モラ夫が帰国。

当然のことながら私の気持ちはなんにも変わっていません。

モラ夫は状況に変化がないことに戸惑っているようでした。

 

とはいえ、モラ夫がいない間に私は安いながらも職を得ました。

対するモラ夫、帰国したばかりなので当然無職です。

 

この状況で、びっくりしたんですが

モラ夫殆ど家事をしませんでした。

 

就活が大変だ!というのです。

私が無職の時は、就活が大変だというのは家事をしなくていい理由にならない!

そう言い放ったモラ夫が、です。

 

安い仕事とはいえ、私はフルタイム勤務で就職しました。

共働き時代と同じように

朝はモラ夫が起きる前にモラ夫の食事を作り、

夜は帰るなり2人分の食事を作り

洗濯をし、掃除をし。

 

その間モラ夫は趣味の集まりに出かけたり

海外のお土産を渡すという名目で遊び歩いたり。

 

就活もしてはいるようでしたがハローワークにも赴かず。

失業手当の申請すらしませんでした。

 

家賃や光熱費はモラ夫の口座から引き落とされる為

「金を払っているんだから家事をする必要はない」

と、考えているようでした。

 

尚且つ、私が仕事から帰っても遊びから帰ってこないのです。

何時に帰ってくるかも連絡が来ず。

 

作っておけば残さず食べていましたが

当然食事の時間もバラバラ。

 

私から見れば働いていないイコール時間に余裕があるということ。

夫婦生活を続けるつもりがあるのであれば

一緒に過ごす時間を工面できる状況のはずです。

 

2ヶ月位無職でいたと思います。

その間、何度か食器は洗いました。

 

家事はその程度。

一緒に食事をとることはほとんどありませんでした。

 

コミュニケーションも日に日に減っていき、

モラ夫が相変わらず離婚を画策していることはよくわかりました。

 

こんな状況でも「離婚」に舵をきることにためらいがありました。

 

その、一番の理由はやはり経済面。

 

モラ夫の世話を第一に考えることをやめて、

土日休みに拘らず残業OKの条件で就職先を探したにも関わらず

一人で生きていけるだけの収入を得ることができる

職場が見つからなかったんです。

 

30代前半で、既婚女性。

採用してもすぐ出産の可能性があるとみなされる条件だったのも

マイナスだったと思いますが、

田舎の企業、談合でもしているのか?!と疑いたくなるくらい

同水準の給与の求人ばかりが出そろっていました。

 

ほぼ家庭内別居という殺伐とした状況でしたが

自活できるだけの収入が得られないということは

まだ離婚する時期ではない。

そう考えました。

 

いくらモラ夫が離婚したいと考えていても

モラ夫からの離婚の申し出は封じた状態です。

夫婦関係再生の道も探りつつ、自活の準備をしつつ。

いつどっちに舵を切っても乗り切れるように、と

考えながら生活することにしました。

 

貧乏はデブの元?

5月、久しぶりに会った友人が激太りしていました。

それも2人。

 

4ヶ月で8kg太ったという友人は、ちょっとぽっちゃりしたかな…?という感じ。

1年半ぶりに会った友人は、10kg位太ったとのことだったのですが

一目見ただけで思わず「すごく太った!」とその場にいた全員が叫ぶほどの激太り。

 

二人は年齢も生活環境も全然違います。

共通点は収入が不安定、ということだけ。

 

1人目の友人は、光熱費の節約からデブの道に。

冬の間、暖房代を節約しようとたくさん着込んで毛布に包まって過ごしていた結果

8kg増。

 

もう一人は食費をケチって不規則に食事を抜いたり、

ビュッフェ形式のランチなんかの時は「元を取らなければ!」という思いで

大量に食事をとったりという乱れた食生活を送っている間に激太り。

 

私が激太りしたのも単価の低い食事でおなかをいっぱいにするという

節約(?)をしていたのが大きな原因のひとつです。

 

サンプル数3という非常に少ない数字ですが

貧乏人は太るという説はあながち間違いではないのだな…と

辛い気持ちになりました。。。

 

 

月曜断食 小休止中の経過報告

月曜断食をお休みして約1ヶ月です。

 

新居には移ったのですが、家の中は嵐の真っただ中。

ここは地獄の一丁目…?という、料理できる環境は程遠い状況。

外食やスーパーのお惣菜を食べる日々が2週間続いています。

 

こんな状況ですが、マイナス10kgをキープできています!

体脂肪率も32%前半をウロウロ。

 

こぶし2個分を守れていないことも多いですし

朝以外は炭水化物も食べています。

平日のお昼だけは炭水化物抜きでこぶし2個分を守れていますが

断食自体は5週お休みしています。

 

先日、こんな記事を読みました

www.jiji.com

 

いや、この手の記事は前々からあったと思います。

ただ、10kg痩せたことに浮かれていましたが、

私のダイエットの目的は美容より健康なわけです。

健康に長生きしたい人間にとって寿命に影響が、と言われると…

ちょっと方針を見直す必要もあるかな、と思いました。

 

年末から月曜断食を始めて4ヶ月。

週2日は炭水化物を摂取しているとはいえ4ヶ月はそこそこ長期間では?

 

それに目標としては1年間で15kg減、です。

ここで少し炭水化物を摂取する生活を送っておいたほうが

体には良いのかもしれないと考えました。

 

Twitterで、半年で15kg痩せた人が「抜け毛がすごい」と

つぶやいていたのを見たのも影響しています。

 

目標値にはまだまだ届かないけど、人生まだまだ長いです。

幸いにも太って着られなくなった洋服たちは再び着ることができるようになりました。

とりあえず5月中は不食はお休みして6月1ヶ月と期間を区切って

もう一度ベーシックメニュー(やや維持メニュー寄り)に

チャレンジしたいと思います。

 

現実から全力で逃げるモラ夫の話

モラ夫との浮気相手との話し合いの結果をもって

モラ夫と話をしました。

ファミレスではうまく録音ができなかったので

モラ夫とは静かーーーな家の中で、

私の胸元にボイスレコーダーを仕込んで。

浮気相手の主張をモラ夫に伝えて、これは事実か?と確認を取る形にしました。

 

概ね浮気相手の主張を認めました。

これで、モラ夫が有責であることが確定しましたので

有責配偶者からの離婚請求は認められないという話をし

私には離婚の意思はないことを伝えました。

 

モラ夫の希望である離婚を封じた形です。

モラ夫には今後夫婦として生きる為にどうすべきか

考えてほしいと伝えました。

 

そして数日後。

 

「話がある」というモラ夫。

 

何をどう考えたのか、私には見当もつきませんでした。

自分に非があることを認識できていないようにも感じましたので

それでも離婚を主張してくるかな?と思いながら話を聞いたところ

 

「会社を辞める」

「英語の勉強がしたいから短期留学に行ってくる」

「帰ってくる頃には浮気相手とも縁が切れるだろう」

 

とのこと。

短期留学っていうのも2ヶ月程です。

さんざん、もう別れた、だの今はもう2人では会っていない、だの

言い訳をしていた割に(会っていないとは言いますが話し合い直前にも2人で旅行に行った証拠も押さえていました)

2ヶ月海外に行くことで会わなくなるという主張。

頻繁に会っていたんですね~という気持ちを持つ私。

 

私と暮らしている家は今までの貯金で家賃等を払っていくとのこと。

 

この辺もね、とてもモラっぽいです。

結婚してから稼いだお金で海外に行くんです。

共有財産のはずです。

一人で使い道を決定して、貯金を食いつぶすという決断も勝手に行って

妻の生活費はオレが稼いだ金で面倒をみるのだ、文句はないだろう、

という主張です。

相談するという感覚がないんです。

通達です。

 

モラ夫、メンタルは弱めです。

キャパシティーオーバーだったんだと思います。

逃げたな~って思いました。

 

ただ、私もつかれていました。

2ヶ月、距離を置いてみるのはいいかもしれないと思い、承諾しましたが

 

モラ夫って、面倒なことからはとことん逃げるんだな。

「向き合う」ということができない人間なんだな。

家族として努力できることが、この人には何もないんだな。

きっと海外で羽を伸ばして帰ってきたら事態が好転していることを期待しているんだろうな。

 

という、「やっぱコイツあかんやつやな」という気持ちが

より一層強くなりました。